北口雅章法律事務所

弁護士のブログBlog

君は,「蜂の顔」を正確に描くことができるか?

1年が過ぎるのは早いもので,

昨年(2016年),
豊田市美術館で,企画展「蜘蛛の糸」が催されていた。

そして,昨年10月29日のことだが,
「完訳 ファーブル昆虫記」の翻訳で著名な
奥本大三郎先生(仏文学者・埼玉大学教授,日本昆虫協会会長)が,

「クモの賢さと美しさ」と題する講演をされるというので,

私は,その講演を聴きに,カミさんと豊田市美術館に出向いた。

ところが,

予想に反し,奥本先生の話で「クモ」が出てきたのは,クモがどのようにして「ベッコウ蜂」に襲われ,如何に食われるか,という話のところだけで,前半部分は,「ジガ蜂の麻酔術」等,蜂の話が中心で,後半部分は,奥本先生の著書「虫から始まる文明論」(集英社)に関する話であった。

もちろん,奥本先生の話は面白かったが,私が感心したのは,話の内容もさることながら,
奥本先生が,蜂の話をされるに先だって,その理解の前提として,蜂の解剖学的な構造を説明するために,
ホワイトボードに,蜂のイラスト(正面図,側面図)を正確に書かれたことであった

私は,このことに感銘を受け,講演の後,
質問者にまじって,奥本先生に話しかけにいき,
奥本先生に,蜂の顔の正面図を記念に書いていただいた。これが下掲スケッチである。

 

 

 

 

 顔から下方に向かう牙状に描かれている二本の突起が「大腮(おおあご)」である。

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに,私は,昔,
「医療過誤問題研究会」という弁護士仲間の研究会に所属していたが,
その際,一度だけ研究会幹事をおおせつかったことがあった。
このとき,私は,医療事故の症例検討会を企画するに当たって,各報告者に対し,医療事故で問題となった臓器・神経等の解剖図・構造図を付したレジュメを用意するよう指示したことがあったが,誰も,私の指示に従ってくれなかった。
(以来,私は,研究会に出なくなり,今では,脱会してしまった。)

 しかしながら,生物学に限らず,「人間の生物学」である「医学」を扱う以上は,各専門分野の解剖図を正確に描けることは,学問・研究の基本ではないか,と思われる。このことは,奥本先生のご講演を拝聴して,改めて思った。

ちなみに,

奥本先生は,先の講演の中で,「アラメジガバチの麻酔術」についてお話された。この話は,ファーブル昆虫記に詳しい。

これに関する,私の読書ノートは,以下のとおり。

 アラメジガバチ(以下「ジガ蜂」という。)は,自分の幼虫に,ヨトウムシ(ヨトウガ[夜盗蛾]の幼虫。以下「芋虫(いもむし)」という)の「生肉」(「動かないが死んでない肉」)を与えるために,針を刺して麻酔をかける習性がある。この話は,ファーブル昆虫記の中では,「アラメジガバチの麻酔術」(第2巻上45頁以下)や,「アラメジガバチの本能」同91頁以下)に出てくる。

 

 芋虫(ヨトウムシ)の神経節は,各体節毎にあり,相互に離れていて,各々独立した動きを伝えるので,運動能力を完全に奪ってからでないと,芋虫を巣の中に蓄え,その脇腹に卵を産み付けることはできない。芋虫が尻尾を一振りすれば,蜂の卵なぞは巣穴の壁にあたってつぶされてしまうからである。このため,ジガ蜂としては,主な体節はすべて「麻酔手術」をしておかなければならない。

 そこで,ジガ蜂による「麻酔術」の手順は,次のとおりである。①鋏(やっとこ)状に曲がった「大腮(おおあご)」で芋虫の首筋をくわえ,頭部と第1関節の間の腹側の真ん中(正中線に沿ってならぶ神経節,皮膚が一番薄いところ)に針を刺入する。②ここでの必要な注意事項は,ジガ蜂が大腮で獲物(芋虫)の首の付け根を噛むにあたっては,脳神経に致命的な損傷を与えないように,力を加減しながら締め付ける必要がある,ということである。何故なら傷つける部分は極めてデリケートなので,ある一定の昏睡状態を起こす必要はあっても,絶対に限度を超えて死なせてはならないからである。③次いで,大腮で芋虫の第2節の首側をくわえ,その腹側の神経節に第2針を刺す。このようにジガ蜂は,規則正しく,後ずさりするように等間隔に芋虫の背部に下がっていき,針は順々に体節(神経節の真ん中の部分[112頁])を合計9回刺す(胸脚のある胸部の三つの体節,肢のない次の二つの体節と,腹脚のある四つの体節)。末尾の四つの体節は刺されなかった。④このように芋虫が死亡=腐敗しないように,「全身麻酔」を賭けた状態で,生きたままの昏睡状態にして,巣穴に運んでいき,蛆虫(うじむし)のような蜂の幼虫のエサに供するのである。⑤なお,ジガ蜂は,巣の小部屋を芋虫(食料)で一杯に満たし,卵を産み付けると死に,次の世代との関係は絶たれる(次世代の成虫になるものは,未だ幼虫の状態で,地中の絹の揺り籠の中で眠っている[103頁]。)。

※このようなジガ蜂の「麻酔術」について,「私(ファーブル)」は,「三時間近くも,一時も目をそらさずに,獲物を探すジガバチのあとを追って行った」うえに,「生贄を捧げる司祭のすぐそばに腹這いになって」観察する! (第2巻上57頁,同61頁)